残したいもの 葛西臨海水族園

 東京湾の「人為的開発」の歴史は古い。
 「古事記」にはヤマトタケルが朝廷から東国征伐に向かった際に 三浦半島の走水(はしりみず)から舟で房総(ぼうそう)に渡ったという言い伝えがある。
 徳川家康が江戸に幕府を開くまで、京の都から武蔵の国(江戸)へは、ヤマトタケルのころに開かれた航路によって道ができたという。

 日比谷公園とならんで、私が将来にわたって持続的発展をとげてほしいと願う公園に葛西臨海公園があります。

 東京湾の羽田から江戸川にかけての岸辺は「江戸前」といって豊かな漁場でした。
 私の住む大田区には大森海岸といって、その昔「大森海苔」といって「浅草海苔」と並んで江戸前ブランドの名声を博していました。

 その大森、羽田から鶴見にかけては「京浜工業地帯」といって昭和の高度成長期に日本を支えた重要な湾岸開発が繰り広げられました。

 私が小学生のころ、工業排水による河川、海洋汚染や工場から吐き出される煤煙による大気汚染が次第に社会問題となりました。今から60年前のことです。

 漁場は次第に進出する工場建設のために埋め立てられ、羽田空港ははるか沖合いにまで滑走路を伸ばし、ゴミの島「夢の島」は遠い昔のこと、今や東京湾は巨大な「海ほたる」が明滅するSF都市に変貌した感慨があります。

 「古事記」にはヤマトタケルの妻であるオトタチバナヒメが、ヤマトタケル東征の際に、海の神の怒りを鎮めるために自らを犠牲にして海に入水する場面がありますが、このときすでにヒメは、はるか2000年後の神の怒りがどれほど凄まじい地球温暖化をもたらすか、を察していたのかもしれません。

 葛西臨海公園は、1972年からはじまった葛西沖開発事業(1972年〜2004年)による葛西沖が埋め立てられたことによって1989年(平成元)6月1日に開園した自然保護のための公園です。公園内に「葛西臨海水族園」がオープンしました。

 設計はニューヨーク近代美術館を設計したことでも知られる建築家・谷口吉生(たにぐち よしお)さん。
 私が好きなのは、そのエントランスの眼前にひろがる東京湾の景色。
 デザインに工夫が凝らされていて、エントランスの前に立つと、まるで大海原を目の前にしたような錯覚におちます。

 この水族園は訪れた人々に「自然・海」を身近に感じてもらえるようにさまざまな空間演出がなされており、ここを訪れる観光客は都立公園の中でも断トツではないでしょうか。

 その臨海水族園が「老朽化」のために壊され、建てかえられるというニュースが流れました。 建物は、そのほとんどが地盤面下に隠された格好になっており、バリアフリー化が困難であることが建て替えに踏み切った大きな理由であるとも聞きました。

ハードからソフト志向へ

 実際に園内を歩いてみると、さまざまな趣向の展示スペースを結ぶ通路にはエスカレーターや階段がいたるところにあり、特に車椅子利用者にとっては自由に観覧できない事情があることは理解できます。

 私は考えます。
 水族園の規模の拡大を伴う建て替え計画には、その建物を建てたときの費用に比べて何倍ものコストがかかります。
 建物のバリアフリー化を目指すためにエレベーター、エスカレーターの大型化や、歩行スロープを設けて段差解消を図るのは常套手段ですが、そうしたハード対策が困難な構造だから建替えるというのはあまりにも安直・愚直と思います。

 なぜ、現行の施設の階段・エスカレーターの昇降口に介助要員を配置して身障者に寄り添うことを考えないのか。
 ソフト面を改善すれば解決できる問題ではないのか。
 ハードに莫大な予算を計上するよりも、介護する人材開発に投資するのが福祉行政ではないのか。

 私は建築家としてではなく、市民の一人として行政に求めます。 葛西臨海水族館建替え計画は即刻白紙撤回とし、既存の水族園の改修計画に変更すべきだ、
と。

 2020年オリンピックスタジアムの建替え計画が悲惨な結果に終わったことを見たまえ。
 もとより私は、国立競技場の改修に伴う国際設計コンペを実施すべきだったと考えていた。
 コロナ禍という不運はあったにせよ、建替え計画は無残な結果に終わった。
 1964年東京オリンピックの歴史遺産を解体撤去したことは歴史的暴挙だと、計画当初から私は非難していた。

 多くの人々に惜しまれつつ壊されてから、二度と元に戻せないところまで進めてから工事費の高騰とやら予算超過とやらで計画を白紙撤回した2020年オリンピック競技場の、当時の首相判断は最悪の選択だった、と私は思う。

 行政は、その思考のハードなところを、もっともっとソフトにリノベーションして、庶民の付託に応えるべきだ。

2021年 11月

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